2026/02/23 21:07



人生の節目に、何かを贈ろうとする。

そのたびに、私たちは言いようのない難しさに直面します。

昇進、退職、還暦、あるいは独立。

「おめでとう」や「お疲れ様」の気持ちを形にしようとした瞬間、途端にどの選択肢も正解ではないような気がして、ふと指が止まってしまう。

なぜ、節目の贈り物はこれほどまでに難しいのでしょうか。

金属の層を幾重にも重ね、削り出す日々の中で、私はその「難しさ」の正体を見つめてきました。

相手の人生に触れる、という緊張感

一つ目の理由は、節目の贈り物が「相手の人生の一部」に触れる行為だからです。

普段のちょっとした手土産とは違い、節目の品はその人の過去の努力を労い、これからの時間を祝福するものです。

その人の価値観、歩んできた道のり、そしてこれから向かう先。それらすべてを肯定しようとするからこそ、「失礼にならないか」「重すぎないか」「かといって、軽んじていると思われないか」という、板挟みの迷いが生まれます。

私自身、かつて百貨店の店頭でお客さまと向き合っていた頃、贈り物を探す方の横顔には、どこか祈るような真剣さが宿っているのを感じてきました。

それは、相手の人生を深く想像しているからこその、美しい緊張感なのだと思います。

金額では測れない「理由」を探して

二つ目の理由は、そこに「金額で測れない価値」を求めてしまうからです。

今の時代、機能性が高く、見た目が良いものはいくらでも溢れています。検索すれば「人気ランキング」もすぐに出てくる。けれど、本当に大切な人への節目に、誰かが決めたランキングの1位をそのまま手渡すことに、私たちはどこか寂しさを感じます。

高価であればいいわけではない。かといって、安価なもので済ませたくもない。

私たちが探しているのは「価格」ではなく、その品を選んだ「理由」なのだと思います。

「なぜ、他の誰でもない、あなたにこれを選んだのか」

その問いに、言葉ではなく物そのものが答えてくれる。そんな背景を、私たちは贈り物の中に探しているのではないでしょうか。

“正解”は、物ではなく「理由」の中に

制作の現場で多くの方の想いを聞いてきて、一つ確信していることがあります。

それは、贈り物の正解は「物そのもののスペック」にあるのではなく、「理由が残るかどうか」にあるということです。

たとえそれが小さな物であっても、

「あなたのこういう姿を見て、これを選びました」

という文脈がセットになったとき、贈り物は単なる物体から、特別な意味を持つ「象徴」に変わります。

渡した瞬間の華やかさも大切ですが、本当に価値があるのは、手渡したあとの時間です。ふとした時にそれを見て、選んでくれた人の顔と、その時にかけられた言葉を思い出せること。その「理由」の鮮度が落ちないことこそが、良い贈り物の条件だと、私は考えます。

木目金という選択肢を、そっと置く

私が今、ジュエリーの枠を超えて、ボールペンや道具を作り続けている理由も、ここにあります。

異なる金属が混ざり合うことなく重なり、削り出され、複雑な模様を描く木目金。それは、一朝一夕では作れない人の歩みのようでもあり、同じものが二度と作れないという点において、その人自身の存在と重なります。

「そういう考えで、ものを作っている女性がいる」

もし、あなたが大切な誰かへの贈り物に迷い、どうしても「これだ」という理由が見つからないとき。そんな選択肢の一つとして、私の木目金が心の片隅にあれば、これほど嬉しいことはありません。

結びに

贈り物は、渡した瞬間よりも、

ずっと後になってから意味を持つものだと思っています。

数年後、あるいは十数年後。

使い込まれてその人の色に馴染んだ道具が、ふと、それを選んだ人の判断を呼び起こす。

そんな「あとの時間」を託せるものを、私はこれからも静かに、一打ちずつ形にしていきたいと思っています。